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人事部のせいで人間関係が崩壊:お世話になった先輩との決別

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私の場合、30歳代そこそこで引退してしまったため、サラリーマン生活は10年ほどだ。そんな短いサラリーマン生活だったが、それでも、今振り返ってみると、いろいろなことがあった。

まず、入社式で「この会社は、オカシイ」と思った、その体験談は、以前ご紹介した。

関連記事:入社式で「この会社はおかしい」と思った私は3年後に転職した。その入社式の話 - キバスタ

 

こんなおかしな会社に入社してしまったのも、もとはと言えば、私の就活がいい加減だったことによるもので。そのバブル時代の異常な就活事情についても、前回、公開した。

関連記事:バブル時代の就活伝説:毎日ステーキと特上うな重で接待されていた学生たちの不幸 - キバスタ

 

今日は、入社式が終わり、研修を経て、本配属になって以降の話をしましょう。もう、かれこれ二十数年前の話なので、細かい部分は忘れたけれど、基本的には話の大筋は変わらない。

 

研修が終わり、本配属になったのは初夏だった。私の配属先は投資部門。その会社では、新入職員に対して、2~3年上の先輩社員が教育係となり、仕事を教えていた。

そういう制度が、あの会社で何と呼ばれていたか、もうかれこれ二十数年前の話だから忘れてしまったが。

仮に、その教育係をアドバイザーと、ここでは呼ぶことにしよう。

 

私のアドバイザーは、A先輩だった。A先輩は、私より2年上で、偶然、大学の先輩でもあり、非常に男気のある、面倒見のいい人だった。

優秀な人だったが、優秀な人にありがちな近寄りがたさはなく、関西人特有の明るいキャラで、職場のみんなから好かれていたものだ。

当然、私もすぐにA先輩と意気投合し、いろいろと仕事を教えてもらった。私は、運がよかったのだろうと思う。同期の中には、アドバイザーと相性が悪く、それが原因でさっさと会社を辞めてしまった人もいるほどだから。

 

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本配属になってすぐ、私の親族が病気になり入退院を繰り返したことがあった。そのたびに、私は有休を取って実家に帰り、様子を見てからまた東京に戻りを繰り返していた。

そんなことを繰り返していると、当然有休が少なくなるわけだ。

 

それで、また親族の体調が悪くなったので、課長に有休取得の許可をもらいに行ったのだが、拒否された。

理由は、休みすぎ、だというのだ。

 

休みすぎと言ったって、親族の体調が悪いんだから仕方がない。

じゃー、どうすればいいんだ? 死んでから会いに行け、とでも言うのか?

 

ひょっとしたら、課長も、私の親族の容体がそこまで悪いとは想像もしていなかったのかもしれない。だから、私の休暇願を拒否したのかもしれない。

その時、課長と私のやり取りを聞いていたA先輩が、私に加勢してくれた。

 

いくらアドバイザーといっても、そこまでする必要はない。基本的に私と課長の問題なのだから、ほっとけばいいはずなのだ。

そして、あとで、私を慰めるなり、一緒になってやけ酒を飲んで課長の悪口を言うなりすれば、課長に悪い印象を持たれずにすむのだ。

 

しかし、その時のA先輩は、そんなことを考えずに、私のために課長にお願いをしてくれた。しかも、そのお願いの仕方が尋常ではない。まるで、自分のことのように、課長を説得してくれたのだ。

すると、さすがに気まずくなったのか、課長も折れて、最終的に休みをくれることになった。

 

あの時は、ほんとにうれしかった。世の中に、こんな人がいるんだろうか、と思ったぐらいだ。

 

そして、その後も、A先輩にはお世話になった。新入職員のくせに生意気で反抗的だった私は、しょっちゅう課長と衝突していたものだ。そのたびごとに、A先輩は、慰めてくれたり、一緒に悪口を言ってくれたり。

だから、当時の私は、A先輩には頭が上がらなかったものだ。

 

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そうこうするうちに、1年が経った。A先輩は、人事部に転勤となった。金融機関で人事部といえば、エリートコースだ。

その時は、日ごろ会社に不満たらたらの私ですら、A先輩を人事部に引き抜くとは、なかなかやるじゃないかと、ちょっと会社を見直したりもしたものだ。

 

A先輩が人事部に異動になりしばらくたったころ、食堂で偶然出会った。当然、私はA先輩に声をかけた。

「先輩、ご無沙汰してます。どうですか、仕事のほうは?」と私は言ったのだが。

A先輩は、私を見てちょっとニコッとしただけで、何も言うことなく通り過ぎてしまった。

あれ? なんかオカシイ。

 

これまでのA先輩であれば、

「よぉ、元気か? 久しぶりだな。どうだ、仕事のほうは?」

満面に笑みをたたえて答えてくれたはずなのに。

 

A先輩は、どうしたんだろう? 忙しいのかな? それとも、疲れているのか?

その時は、あまり気にも留めなかったのだが。

それから、しばらくして、また、食堂でA先輩に会った。そして、私は、前と同じように声をかけた。

すると、今度は、完全無視。振り返りもせずに、私の前を黙って通り過ぎただけ。

 

そういうことが、2、3回立て続けにあった。私には、まったく訳が分からない。一体全体、A先輩はどうしたんだ?

これまでは気さくに接してくれたのに、あれだけ仲が良かったのに。人事部に異動になってから、急に人が変わってしまったようだ。

私には、思い当たる節が全くない。とにかく、原因を探したけれど、思い当たらないのだ。

 

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それで、A先輩の同期に当たる人に、聞いてみた。A先輩が最近少しオカシイ、とね。

すると、その人は

「当然じゃないか。人事部に行ったAは、俺たち同期の中でも選抜組だぞ。我々なんて相手にするわけがないだろ。実際、俺も、Aに話しかけたけれど、同じような反応だった」と言う。

 

A先輩は、私だけではなく、A先輩の同期までも完全に無視をしていたというのだ。これには驚いた。

人事部に行ったら、そんなエリート意識がすぐに芽生えるものだろうか?特に、あのA先輩に限って、そんなことがあるのだろうか?

 

そしたら、A先輩の同期がいろいろと説明してくれた。

私が当時勤めていた金融機関では、人事部のことを別名、人事村と呼んでいるそうな。もちろん、その人事村はエリートコースで、その村の仲間に入るには、出身大学や職場での評価が最高の人でないと入れないという。

そして、村人になったが最後、人事部で偉くなって出世するか、人事部から飛ばされて普通以下の会社人生を送る羽目になるらしい。

 

しかも、人事村では、村人が他の部署の人間と話をするのを禁止しているという。それは、同期であれ、親しい関係の友人であれ、他部署の人間とは一切話をすることは許されていないらしい。理由は、重要な人事情報が洩れるのを防ぐためだとか。

 

その話を聞いたとき、私は、愕然とした。

なんて、バカな会社なんだ、と。

いくら、機密に属する人事情報だとは言え、人事部職員と他部署の職員との交流や交際を一切禁じるなんてバカげている。

 

それで、やっと分かった。いつも人事部職員たちは、食堂で固まって座り黙々と食事をしている。決して他部署の人間たちと口を利かない。

口を利くのは、人事部同士と決まっている。そして、彼らは常に、人事部同士で固まって行動している。それは、はたから見ると、異様な集団にしか見えない。

 

まあ、なんという愚かなことをする会社なんだろうと思いませんか?

いくら機密情報を扱っていると言ったって、他部署の人間と話をするな、交流するな、交際するな、などという命令を出す会社がどこにある?

 

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自慢ではないが、そんなバカ会社、日本で一つしかない。

それが、私が新卒で入社した会社だ。皆さんも、名前を知っている大手金融機関だ。おそらく、この会社の名前は、小学生でも知っているでしょう。

そんな大企業が、こんな愚かなことをするなんて、もはや、我々の常識を超えたバカさ加減ではなかろうか。

 

いくら人事部がエリートコースだからと言ったって、全員が偉くなるわけではない。中には、途中で、人事部から出される人だっているわけだ。そんな人は、一体どうするんだろう?

人事部にいるがために、親しい友人や同期との交流を一切断ち切って、それで、偉くなれなかったら、そんな会社人生ほど悲惨なものはない。

これまで人事部に配属されていたが故に、旧部署の親しい知人や友人を無視し、同期すら無視して、それで、人事部から出されたからと言って、元の親しい関係が復活するんだろうか?

「てめー、今までよくも俺たちを無視してくれたな」

「今更、以前と同じように親しく接してくれ、なんて虫がよすぎるんだよ」

「人事部を追い出されて、お前も大変だな。でも、分かっただろ? もう失われた関係は取り戻せないんだよ」

などと言われるのが目に見えている。

 

会社の人間に人事部のことを聞いてみると、ヒドイ会社だと思ったものだ。

ただ、その後、どういうわけか、私が退社するまでの間、A先輩と会うことはなかった。姿を見かけることすらなかったのは不思議だ。

本社ビルに何千人働いているか知らないが、まったく会わないというのもおかしなことだと思った。

 

A先輩が人事部に移動してから、2年後に、私はその会社を去った。

それいらい、A先輩のことなど、すっかり忘れていた。最近ブログを始めて、昔のことを思い出しながら書いていて、ふとA先輩のことを、ついでに思い出したに過ぎない。

 

あれから、早いもので、もう二十数年が経った。

ふと、思った。

A先輩は、今頃どうしているだろうか?

もう、偉くなったかな?

私が失ったものは、A先輩一人だ。

しかし、A先輩が失ったものは、私に比べると、はるかに大きい。

果たして、A先輩は、自らが失った以上のものを、会社の中で手に入れることができたのだろうか?