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タモリのいない昼下がり:「笑っていいとも」難民たちは、いったい、どこに行ったんだ?

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「笑っていいとも」が終了したのが、2014年3月末。

早いもので、もうすぐ丸3年になる。

後継番組である「バイキング」や、「いいとも増刊号」の後継番組である「ワイドナショー」が、すっかり、我々の日常に溶け込んでしまっている。しかも、最近は、両番組ともわりと視聴率がいいようだ。

今では、すっかり「いいとも」の後継番組として広く受け入れられ、それぞれの時間帯の定位置を占めているように見える。まるで、以前から、ずっとそうであったかのように。

 

「笑っていいとも」が始まったのが、1982年。私が小学6年生のころだ。

それから、32年間、土日や年末年始を除き、毎日放送されていたんだから、大したものだ。これは、テレビ番組というよりも、もはや、事業じゃないか。

学校で先生に怒られたときにも「いいとも」は、やっていたし。初めて女の子と付き合ったときにもやっていた。

高校に入学した時にも、模擬試験の成績が悪くて落ち込んでいた時にも、大学入試に合格した時にも、新卒で会社に入社した時にも、アメリカに留学した時にも、30歳代そこそこで引退した時にも、「笑っていいとも」は放送されていたんだね。

思えば、私の青春期からオッサン期まで、いつも「いいとも」が身近にあったわけだ。

それが、3年前に、いきなり番組終了となったんだから、たまったもんじゃない。

 

最後の方は、「いいとも」も視聴率の面でかなり苦戦していたみたいだけど、それでも、やはり人気番組であることには変わりはなく、私のような固定客もかなりいたんだろうと思う。

それが、番組の打ち切りとともに難民化したわけである。いわゆる「笑っていいとも」難民

私を含め、難民たちは、さあ~困った、困った。いったい、どの局の何を見ればいいんだ?

今更NHKを見る気にもなれないし、「ヒルナンデス」は優等生過ぎて私には面白くない。ワイドショー番組も、昼食時間に見るには重すぎる。

なんかこう、かる~くて、ゆる~い番組はないんだろうかね?

 

今から振り返ってみれば、そういう点で「笑っていいとも」は、最高の番組だったと思う。

かる~くて、ゆる~くて、下劣で、下品で、低劣で、低俗で、低レベルで、バカっぽくて、いやむしろバカそのものの番組。それが、「笑っていいとも」であり、私には最高の番組だったなあ。

だいたい、お昼や、日曜朝10時に放送される番組なんて、こういう番組で良くないだろうか?

午前中仕事をして疲れた頭や神経を休めるためには、「いいとも」のようなリラックスできる番組が必要なのだと思う。

仕事のストレスにより神経が緊張を強いられているわけだから、昼休みくらいは、神経を弛緩させられる番組が必要だと思うんだが。

 

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みなさんは、今、お昼に、どんな番組を見ていますか?

私などはやはり、「いいとも」の後継番組である「バイキング」を見てしまう。

坂上忍は、やっぱりウマイと思う。

子役時代から数えて、すでに芸歴が40年を超えているんでしょ。しかも、舞台の演出なんかもやっているから、MCとして番組をどうまとめ上げていくと視聴者に受けるか、というのが分かっているんだろうね。

だから、私は、坂上忍のMCを非常に評価している。

そして、坂上忍と一緒になって、怒ったり、キレたりしているのだ。

また、日曜日の午前10時からは、やはり「いいとも増刊号」の後継番組である「ワイドナショー」を見ている。

昔から、ダウンタウンが好きで、ダウンタウンの出演する番組は、ほぼ欠かさず見ているくらいだから、「ワイドナショー」は自然と見てしまうのだ。

そして、松本人志と一緒に、怒ったり、キレたりしている。

 

最近気づいたんだが、この二つの番組を見終わったら、すっごい疲れるんよね。

そりゃそうだ。怒ってるんだもん。疲れるよね。

怒りとか、キレるとかいうのは、精神が緊張状態にあるわけだからね。

そもそも、お昼の番組なんて、一仕事終えたあとの休憩時間とかに、リラックスするために見るもんでしょ?

それなのに、坂上忍と一緒に怒っていたら、リラックスできないよね。

また、日曜日の朝から、松本人志と一緒になって怒っている私だが、正直、日曜日の朝からなんて、怒りたくないわけだ。

それが、どうしても、この二人に乗せられて怒ってしまう。

だって、この二つの番組とも、豊洲市場問題とか、芸能人の覚せい剤事件とか、政治スキャンダルとか扱うんだから、視聴者も、一緒になって怒らざるをえないじゃないですか。

そして、リラックスしようと思って見始めたのに、番組が終わるころには、ドッと疲れているとか、日曜日なのに、朝から起こっているとか。

おかしなことになってしまう。日曜日なんて、朝から怒りたくないさ。だって、日曜日なんだもん。

 

そこへいくと、やっぱり、「いいとも」には、安心感がありましたな。安心して、精神の緊張がほぐせるというか。リラックスできるんだよね、「いいとも」はね。

みなさんも、ありませんでした?

とりあえず、チャンネルを「いいとも」にしておくか、みたいなことって?

そう。「いいとも」って、この「とりあえず」感があったと思うんだ。

例えば、友達が家にきたときとか、テレビをつけて、とりあえずチャンネルを「いいとも」にしておいた。そんなことって、なかったですかね?

友達と話をするんだから、テレビなんて見ていないんだけれど、ときどき聞こえてくる笑い声に反応して画面を見ると、面白いことをやっている。それがまた、話のネタになり、話題が尽きることなく続いていくという展開。

とりあえずチャンネルを「いいとも」にしておけば、なにか面白いことをやってくれるだろうという安心感というか、信頼感というか、そういうものが「いいとも」にはあったわけですよ。

 

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あの頃の、「とりあえず『いいとも』」は、「とりあえずビール」みたいなもんだったんかなあ。

今の若い人達は、居酒屋に行ってもビールを飲まないらしいが。私らの世代は、飲み屋に行けば、必ず「とりあえずビール」が定番だった。

なにかを注文するよりも、まず先に、「とりあえずビール」だったわけさ。

だって、ビールって、どんな料理にも合うでしょ。ビールを注文しておけば、そのあとは、どんな料理が出てきても間違いないわけだ。

あとは、出てきた料理に合わせて、日本酒なり、ワインなり、焼酎なり、自分の好みの飲み物を追加で頼めばいいんだが、最初は、やっぱりどんな料理にも合うビールがいいでしょう。

ということで、ビールには、そんな大人たちからの信頼感があったんだ。ビールを頼んでおけば大丈夫だという安心感があったんだ。

 

そして、「いいとも」の固定客である私のような人間にも、「いいとも」に対する安心感や信頼感があったんだ。

しかし、そんな「いいとも」が打ち切りになったのだから、私のような固定客は、大変なわけですよ。難民化するわけですよ。漂流しちゃうわけですよ。

今は、私も坂上忍や松本人志と一緒に怒っているけれど、これはやっぱり、しんどいよね。疲れるよね。

昼間っから、ましてや、日曜日の朝からなんて、怒りたくはないさ。誰だってね。

でも、「いいとも」がなくなったんだから、仕方ないじゃないか。他に見る番組もないしね。

かくして、われわれ「いいとも」難民は、定住の地を探し求めて、いつまでも、さすらわなければならない運命となった。

そう。われわれは、旅人なのだ。「いいとも」の旅人。安息の地を求めてさすらう旅人なんですよ。

いつかは、あの「いいとも」のような番組に出会うことを夢見て、さすらい続ける旅人なのだ。出会えるかどうか分からないけれど。

 

それじゃー、お嬢さん。

今日は、これくらいにして。

オレは、もう行くぜ。

え? どこに行くのかって?

そうだなあ。あの山の向こうにでも、行ってみるか。

しょせん、「いいとも」を失ったオレたちに、安住の地なんてないからさ。

じゃ、あばよ。