キバスタ

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たて笛(リコーダー)は間接キスをするためにあるのか?:音楽教育改革試案

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小学校5年生のころだったと思う。

私を含めた悪ガキ数人が、放課後、教室に残っていた。何をしていたのかは、もう忘れてしまったが。

おそらく、悪ガキたちのことだから、ロクなことはしていなかったんでしょう。

そのうち、一人の悪ガキが何を思ったか、机の中からたて笛(リコーダー)を取り出して、吹き始めた。もちろん、でたらめに吹いていたのだが。

その時、私は気づいた。

あ!!! それ、A子のヤツじゃん!!

A子というのは、学年で1番美人だった女の子だ。当時、私たち男子の憧れの的でもあった。

私が、A子のたて笛(リコーダー)を吹いている悪ガキに「それ、A子の笛だぞ」と言うと、そいつは何食わぬ顔で「そうだよ」と言って、また笛を吹き始めた。

コイツ、最初から知ってたんだ。間接キスをするつもりだったんだ。

しかし、あの時は、私も悪ガキとはいえ、さすがに引いてしまった

なんか、イヤ~な気分になった。まるで、A子が汚されたかのように感じた。

 

それで、それを見ていた他の悪ガキたちも、それぞれ、好きな女の子のたて笛を吹き始めた。

何やってんだ、バカじゃないの? コイツら。

私は、いたたまれなくなって、「オイ、いつまでもバカなことをやってないで、帰るぞ」と言って、一人で教室から出て行った。

だいたい、好きな女の子のたて笛を吹いて、何が楽しいんだ? 好きな女の子と実際にキスをするのなら、まだしも。

間接キスで喜んでいるヤツらの頭の中身がよくわからん。

こういうのは、おそらく、下着ドロボーの悪趣味にも通じるんだろうね。

女性の下着に興奮するのと、たて笛(リコーダー)の間接キスで興奮するのとは、同じ心理じゃないのかなあ?

 

ということで、学校の机にたて笛(リコーダー)を置いておくのは危険だ。面倒でも、いちいち家に持って帰りましょう。

以上、たて笛(リコーダー)で間接キスをしていた悪ガキたちの話でした。

と、こんなことで終わってしまっては、キバスタの名がすたるってもんだ。

ということで、今日は、これから、学校の音楽の授業を改革しようではないかという提案をしていきたいと思います。

 

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そもそもですな。学校の音楽の授業って、音楽技術取得偏重だと思いませんか?

上記の例で挙げたように、例えば、たて笛(リコーダー)。

こんなもん、生徒全員に購入させて、ピーピー吹かせたところで、何の意味があるんだろう?

将来、日本国民全員が、たて笛(リコーダー)がうまくなりたいわけじゃないんでしょ?

てゆーか、プロのたて笛(リコーダー)奏者すら、存在するんだろうか? あまり聞いたことはないよね。

こんな、将来全く役に立たない楽器を、小中学校の生徒全員に購入させて吹かせるなんて、文部省と業者が癒着しているとしか考えられない。

なんのために、我々は音楽の授業中にたて笛を習わされたのか、よく分からないんだ。

 

おそらく、文部省のアホな役人どもが、音感を身につけるためだとか何とか適当な理屈をつけて、こんな将来なんの役にも立たないような楽器を購入させているんだろうと思うんだが。

たて笛(リコーダー)がうまくなって、将来、なんの役に立つんだ?

まだ、ピアノやバイオリンならば分かる。プロになって、活躍できるからね。

でも、ピアノやバイオリンでプロになろうと思ったら、たとえ学校の授業で教えたとしても、それだけでは、そもそも練習量が足りない。

結局、楽器のプロになるためには、家庭教師をつけて、個人レッスンを受けないといけないというのが現状だ。

しかも、ピアノやバイオリンなんて、生徒全員が練習できるほど数がないから、学校で教えるのは無理だ。

だから、安価なたて笛(リコーダー)を生徒に吹かせていると思うんだけれど。でも、たて笛(リコーダー)って、あまりにも中途半端過ぎないだろうか?

将来なんの役にも立たない楽器を生徒に習わせて、貴重な音楽の時間を浪費するのは、おかしいと思う。

 

そこで、私は、学校の音楽の授業についての改革を提案したい。

それは、音楽の授業から、たて笛(リコーダー)などの楽器を追放することだ。将来なんの役にも立たない楽器を生徒たちに習わせる必要はない。

それよりも、むしろ、音楽鑑賞と講義を中心とした授業に再編成すべきだと思う。

例えば、西洋クラシック音楽の歴史って、高校の世界史で、ちょこっとしか習わないでしょ? 現在の高校の歴史の授業では、文化史は、ほとんど触れられることなく終わってしまう。

まあ、モーツァルトやベートーベンの名前を、さらっと触れるくらいかな。これでは、あまりにも、もったいないよね?

例えば、バッハの音楽が誕生した時代背景や文化的背景を知ったうえで、バッハを聴くと、よりその音楽が深く理解できるようになる。

また、その後、モーツァルトの音楽が誕生したのは、どういう文化的背景があったのか、さらに、そのモーツァルトの音楽は、音楽史上どのような意味を持っていたのか。

バロック音楽、古典派音楽、ロマン派音楽、それぞれの特徴は?

などなど、講義を聞きながら、それぞれの音楽家の作品を聞くような授業であれば、もっと、深くクラシック音楽のことがよくわかるだろう。

 

あるいは、他国の国家を教えることも必要だろう。

例えば、フランス国家は、フランス革命のときの革命歌である。当時、フランス王家の圧政に苦しんでいた民衆が立ち上がって、最終的に輝かしい勝利をつかんだ、その栄光の革命の歌だ。

このような国家の成り立ちを改めて知ることで、わが国の国家に対しても、日本国民みなが考えるきっかけになるだろうと思う。

 

ただ、私は、学校の生徒たちが古典音楽だけを学べばよい、と考えているわけではない。

最近、ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランなど、メッセージ性の強い現代音楽は、その時代背景とともに、授業の中でも取り上げるべきだと思っている。

当然、日本の音楽についても同じことだ。

中島みゆきや、ユーミンの楽曲などは、ぜひとも生徒たちに聞かせるべきだ。そして、重要なことは、その音楽が誕生した時代背景や、文化的背景、メッセージの思想的背景なども合わせて生徒たちに教えるべきだと思う。

 

なぜなら、その音楽が成立したということは、作曲家なり、作詞家なりが、我々に対して伝えたかったことがあったからだ。だから、単なる音楽鑑賞だけではダメなのだ。

音楽を理解するには、その音楽の誕生した背景と、作り手のメッセージも合わせて学ぶ必要がある。

どうせ、将来、なんの役にも立たないような楽器を生徒たちに習わせるくらいならば、むしろ、音楽の授業を講義と音楽鑑賞だけにした方が、よっぽど生徒たちの音楽性を深めることになると私は思うんだが。