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ブログを2か月超続けて分かったこと:ブログは消耗が激しい

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はてなブログを始めて、早いものでもう2か月が経過した。

それで、改めて、今の心境を述べよう。

もう、ヘトヘト。誰か、たすけて~。

という心境だ。

ブログを毎日継続することが、こんなにシンドイことだとは思わなかった。これまで、ほぼ毎日ブログを書き続けてきて、このブログで64記事目になる。

でも、もうそろそろ限界だ。最近、痛切に感じているのはアウトプットに対するインプットが、極端に足りなくなってきたということ。

どういうことかと言えば、簡単に言うと、話のネタが尽きつつある、ということだ。ブログを運営している人ならば、あるあるな話だろうと思うんだが。

私の場合、最近はブログの執筆に時間を取られて、本もあまり読めないし、何かをじっくり考える時間も、大分制限されてしまったように感じる。

毎日ブログを書くということは、1つのブログを書き終わった途端、次の日のブログの構成を考え始めなければいけないわけで。毎日毎日、ブログのことで頭がいっぱいになる。

そもそも、なぜ、毎日ブログを書いているかというと、PVを増加させるコツとして、ブログを始めたら毎日書き続けて3か月、とりあえず100記事を目標に更新すること、というアドバイスをしている多くのブログを目にしたからだ。

だから、そのアドバイス通りに、3か月毎日ブログを書き続けて、とりあえず100記事を目標に頑張ろうと思ったが、2か月でネタ切れ。

我ながら、情けないことだが。毎日のブログ更新は、とりあえず止めようと思った。

ただ、無理をすれば、当初の予定通り、毎日続けられなくもないだろう。しかし、その場合、おそらく、1つ1つの記事のクオリティが極端に低下しそうで怖いのだ。

クオリティの低下により、読む価値のないブログと判断されると、それこそ取り返しのつかないことにもなりかねない。PVうんぬん以前の問題ではないだろうか。

それに、ブロガーならば、「納豆食べたよ」的な記事は、どうしても書きたくないよねえ。

もし、私が石原さとみであるならば、「納豆食べたよ」的な記事でも許されるのかもしれないが。アラフィファのオッサンの「納豆食べたよ」的な記事を読む人はおらんでしょうが?

 

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ただ、もし、私が「納豆食べたよ」的な記事を書くとするならば、とりあえず、近所の行きつけのスーパーに行って、納豆売り場に売っている納豆を全部買い、その一つ一つについて詳細な食レポを作るだろう。

それこそ、原料となる大豆の固さから、納豆の糸の引き方、タレに使われているダシの原産地比較とか。

さらに、納豆の本場水戸に行き、昔ながらのワラに包まれた納豆を、水戸で売っている全種類を買ってきて、それぞれの特徴を食レポするとか。

こういうのであれば、「納豆食べたよ」的な記事でも、ブログとして成り立つかもしれない。

ただ、そこまでのブログを作るのは、やりがいはあるかもしれないが、やはりシンドイものだ。

 

そもそも、なぜ、私の場合、最近ブログを書くのがシンドクなったかというと、一つには、文字数が増えてきたというのが挙げられる。

ブログを始めた最初のころは、1つの記事で1,000字くらい書けば、「書いたなあ~」という達成感があったのだが。それがだんだん増えてきて、最近では、1つの記事で2,000字くらい書いたのでは、「少ないなあ」という感じがするのだ。

やっぱり、最低でも1つの記事で3,000字、理想的には3,000字後半から4,000字くらい書かないと、書いた気がしなくなった。だから、ある程度、字数が稼げるネタを見つけ出さなければいけないという重圧が加わってきた。

それゆえ、あまり話を膨らませられないようなネタは、必然的にボツになる。

だから、ネタ探しに苦労しているのだ。

 

また、ブログを書くのがシンドクなった理由の二つ目は、オチにこるようになったという理由が挙げられる。

どういうことかと言えば、記事の結末に、なにか気の利いた文章を持ってくることで、読者に読後の余韻を楽しんでもらおうと思ったからだ。

どのような結末にすれば、記事を読んだ読者にインパクトを与えることができるか、ということを考えるようになったのだ。

だから、最近では、以下の記事は、わりと結末部分に工夫をこらしたつもりだ。

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また、以下の記事も、最後の部分を工夫することで、ちょっと趣向を変えてみた。

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これら二つの記事は、いわば実験的な記事である。最後の部分を読んだ読者が、どのような反応をするか想像すると、やはり楽しい。

まあ、このような小細工は伝わらない場合もあり、それはそれで、危険なのだが。しかし、たった1人の読者でもいいから、私の仕掛けに対して、何かを感じてくれれば、それは成功だと言えるだろう。

まあ、最近は、こんなことばかりを考えているから、ブログを書くシンドさが倍増したのではないか、と思う。

べつに、こんなことを考えず、普通に書けばいいんだろうけれど。でも、やっぱり、他のブログにはない独自性を出したいじゃない?

だから、こんな余計なことをやって、知らず知らずに自分で自分を追い込んでいるんだけど。なんて損な性格なんだと、つくづく思う。

 

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そういえば、太宰治が、どこかで書いていたっけ。

太宰によれば、小説は、書き出しがすべてらしい。自分の書きたい小説に、最高の書き出しが思い浮かんだら、その小説は、もはや90%完成したようなものなんだって。

この感覚は、私にも何となく分かるなあ。

まあ、私の場合は、書き出しではなく、結末なんだけどもね。結末さえ良いのが浮かんだら、その時点でブログの記事は90%完成したようなものだ、と私は思うなあ。

 

勉強のためにカリスマブロガーと呼ばれている人たちのブログを見ることもある。みなさんも、うすうすは気づいているだろうと思うけれど、カリスマブロガーのブログでも、クソしょーもない記事が多いよね?

たとえば、どこそこへ旅行しただけの記事とか、料理屋でおいしいものを食べた、だとか。

え? そんなクダラナイことが記事になるの? 

と思うが、そんなクソしょーもない記事を書いても、読者に読んでもらい、PVを稼いでいるんだから、やはりカリスマブロガーとは、すごいもんだ、と改めて感じる。

だけど、こういうカリスマブロガーが、クソしょーもない記事を書いているからと言って、私も真似をして旅行の話や、料理屋で食事をした記事を書いても、おそらく誰もそんな記事は読んでくれないだろう。

そこが、やはり、カリスマブロガーと、私のようなブログ初心者の違いなんだろうと思う。

彼らは、やはりカリスマと呼ばれるだけはある。クソしょーもない記事を書いても、それでも読んでくれるファン、固定客がいるんだから。

 

ということで、ブログを毎日更新するのを止めてみようと思う。これは、PV数を増加させるために、記事数が100を超えるまで毎日ブログを更新せよという多くのブロガーたちのアドバイスに反するわけだが。

しかし、このまま毎日更新して、おそろしくクオリティーが低い記事を書いていき、読者に読む価値のないブログだと判断されるよりはマシなのでは、と思うのだ。

だから、更新頻度を週2~3日ぐらいにとどめ、そのぶん質が高い大量のインプットに努めないと、いつかは、頭の中のリソースが枯渇してしまいかねない。

今後は、休みを入れながらブログを更新し、クオリティーを維持して、インパクトのある記事を書くことを目標にしよう。

そして、どんどん、どんどん、読者を獲得し、どんどん、どんどん、PV数を増加させ、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん(←auのCMの金太郎のイメージ)。

最終的には、カリスマブロガーのように、クソしょーもない記事を量産して、それでも読者数とPV数が増加するよう頑張るぞ!!

ん? オレ、方法性が間違ってないだろうか?