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「火花」がイマイチだったので、又吉の最新作「劇場」の購入は見送りだな

 

お笑い芸人ピースの又吉の最新作「劇場」が発売されるという。

発売日は5月11日の予定。

出版不況で本が売れない中、今もっとも注目されている作家のひとりである又吉なのだが。

みなさんは、もうすでに予約しただろうか?

私は、今回の最新作「劇場」の購入は見送りだな。

それは、前作の「火花」がイマイチだったからだ。

もちろん、あくまでも私にハマらなかったというだけである。相性の問題だ。

いや、むしろ、私は又吉の才能を非常に評価している。しかし、「火花」にはハマらなかっただけだ。

 

「火花」はとてつもなく売れた。芥川賞受賞作品の単行本としては、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を抜き、売り上げナンバーワン。電子書籍版は10万ダウンロードを記録し、文芸春秋刊行物としては歴代1位を記録している。

現時点での累計発行部数は、単行本文庫本合わせて300万部。

すさまじい売れ行きだ。

 

 

筋書き通りの又吉の芥川賞受賞?

 

まあ、なんせ中堅の売れっこ芸人である又吉が書いた小説ということで、前評判も高かった。最初に掲載された文芸春秋発行の「文學界」が初版売り切れとなり、増刷に次ぐ増刷を重ねるなど、話題先行、鳴り物入りで登場した感がある。

そして、見事芥川賞を受賞した。

嫌味な言い方をすれば、文芸春秋の書いた筋書きに、マスコミも我々もまんまと乗せられた感じがしないでもない。

設立者の菊池寛は「芥川賞も、直木賞も、半分は本の宣伝のためにやっている」と明言しており、本来の目的は、受賞作品を売るための仕掛けに過ぎないのだが、いつごろからか、受賞作発表がお祭り騒ぎになってしまった。

ただ、近年は出版不況もあり、以前ほど芥川賞・直木賞の注目度も高くはないが、又吉の登場で、この回に限れば、がぜん注目度は高かった。

 

期待外れの受賞作

 

そんな又吉の「火花」であるが。

まず、購入してみて、真っ先に感じたことは。

薄ッ!!!!

え? こんなに薄いの?

システム手帳の方が、断然分厚いぞ!

中身は150ページほど。それも、わりと字が大きい。

イヤな予感がする。中身も薄っぺらなんてことは、ないよね?

私は、元来、長編小説が好きだ。なぜなら、小説の面白さというか、魅力は、やっぱりある程度の分量がなければ伝わらないからだ。

私はそう思っている。

もちろん、短編でも優れた作品はある。

たとえば、藤沢周平の「たそがれ清兵衛」だ。「たそがれ清兵衛」は名作だったなあ。

ただ、短編は、よほどの腕がないと味気なく終わってしまう。なんだか、せっかくのごちそうを早食いで食ってしまったような、もったいなさを感じるのだ。

もう少し、いろいろ盛り込んで、話を膨らませることもできただろうに、と思ってしまうような短編も多く存在する。

 

それで、「火花」だが。

う~~ん。

処女作ということで、いやに肩に力が入っているなあ、というのが第一印象だ。それに、ひょっとしたら、

この作品で芥川賞を狙いに行ったのかな?

という、感じがミエミエである。

芥川賞好みの文章なのだ。

 

技巧に走りすぎた「火花」

 

たとえば、

沿道から夜空を見上げる人達の顔は、赤や青や緑など様々な色に光ったので、彼等を照らす本体が気になり、二度目の爆音が鳴った時、思わず後ろを振り返ると、幻のように鮮やかな花火が夜空一面に咲いて、残滓を煌めかせながら時間をかけて消えた。

(中略)

山々に反響する花火の音に自分の声を掻き消され、矮小な自分に落胆していたのだけれど、僕が絶望するまで追い詰められなかったのは、自然や花火に圧倒的な敬意を抱いていたからという、なんとも平凡な理由によるものだった。

 

ね? ガチガチの文体でしょう?

肩に力が入りすぎていると思いませんか?

いや、悪い言い方をすれば、

俺って、こんな漢字を知ってるんだせ? 

こんな言葉も知ってるんだぜ?

って、自慢げに、誇らしげに見せつけているかのようだ。

つまり、衒学的な文章だと言えなくもない。

でも、こんな文章は、芥川賞に好まれるんだなあ。

平野啓一郎の「日蝕」がそうだったでしょ?

もっとも、平野の場合は、もっと「こけおどし」がすごかったけれどね。

内容のなさを、無駄な言葉の虚飾で、ゴテゴテに飾り立てていただけの「日蝕」だったが、芥川賞をもらった。

まあ、芥川賞なんて、そんなもんだ。

 

ほとんど理解不能な感覚表現

 

それに、又吉の「火花」は、感覚的な文章も特徴的だ。

たとえば、

井の頭公園入口の緩やかな階段を降りて行くと、冬の穏やかな陽射しを跳ね返せず、吸収するだけの木々達が寒々とした表情を浮かべていた。

あるいは、

空車のタクシーが何台も連なって走っていた。一台一台が僕の横に来ると様子を窺うように徐行する。それは僕を喰おうと物色する何か巨大な生き物のようにも見えた。

 

タクシーが巨大な生き物に見えるのか?

謎である。私の感覚に、刺さってこない。

まったくピンとこない。

みなさん、分かりますか? ピンときますか?

おそらく、この又吉の感覚に共感できる人は、少ないんじゃなかろうか?

こういう感覚的な表現は、

バチーン

と音がするほど読者にハマったら、それこそ大成功なのだが、ハマらない読者には、何を言っているのか分からないだろう。

又吉の独特な感性に、読者が置いてきぼりを食わされてしまうのだ。

純文学、とくに私小説に多いんだが。

ほら? この感覚だよ? 分かるよね?

みたいな、作家の感覚や感性を押し付けるような感じがある。

又吉の「火花」は、そんな感覚的文章を積み上げて小説にしたような構成になっているため、おそらく、ハマらない読者には、まったくハマらないのだろうと思う。

 

キャラクター作りの失敗

 

「火花」は、売れない若手お笑い芸人である主人公が、花火大会の日に出会った先輩芸人「神谷」との関りを通して、自分が目指すお笑いを追求していきながら、人生を模索していく物語である。

先輩芸人「神谷」は、破天荒で、面白いことのためなら全てを犠牲にするくらいの狂気の天才的なお笑いの才能を持っていながら、世間や一般社会からは浮いてしまう。

そんなキャラクター設定のはずなのだが。

しかし、私が読んだ感じでは、主人公も、神谷も、キャラクター描写が甘い。

というのも、こんなヤツいないよなあ、と思ってしまうのだ。

キャラクターが非現実的なのだ。登場人物に共感ができないのだ。

これは、おそらく、上記で指摘したガチガチの文体と、又吉独特の感覚的な文章によるものだと思われる。

 

せっかく、魅力的なキャラクターを設定したのであれば、やはり、キャラクターを描くことに全力を集中しなければダメだ。

優れた小説というのは、たとえば、池波正太郎の「鬼平犯科帳」や司馬遼太郎の「竜馬がゆく」などだが、とにかく、人物を描くことに徹している。

両方とも江戸時代を舞台にしているが、登場人物がよく描けているため、実在感がある。

そう。名作の条件とは、人物が描けているかどうか、だと思うのだ。

難しい言葉や漢字を多用した文章や、作者にしか分からないような感覚的な表現は、必ずしも名作の条件ではない。

又吉の「火花」の登場人物が、あまり魅力的でないのも、まさに、そこに原因があるのではないかと思う。

つまり、又吉が肩に力を入れて書いたガチガチの文体と、読者の大半に伝わらないであろう又吉独特の感覚的な表現の多用が、「火花」に出てくるキャラクター作りに失敗しているのではなかろうか。

破天荒で、笑いの天才だけれど、世間から浮いてしまう先輩芸人「神谷」のキャラクター自体は魅力的なのだが、その魅力的なキャラクターを生かし切れていないのが、残念である。

 

小説の構成の失敗

 

さらに言えば、「火花」の最大の見せ場は、最後の方で、主人公が相方と漫才をする場面だと思うのだが、これが今一つ盛り上がりに欠けるのだ。

ここが、この小説最大の山場であるとするのならば、やはり、山場らしく、盛大に盛り上げなければ。

そこまでは抑えに抑えておきながら、最後に、ドカーンと打ち上げる花火のような衝撃的な展開をこの山場にぶつけるべきなのではないかとも思う。

 

そして、これも、「火花」の読者にとってcontroversialな点であろうが、最後に先輩芸人「神谷」がとった常軌を逸した肉体改造(?)は、いらなかったんじゃないかなあ?

又吉は、おそらく、先輩芸人「神谷」が、面白いことならなんでもする天才的な狂気の人間であることを描きたかったのかもしれないが、これを最大の見せ場であるはずの主人公と相方の漫才の後に持ってきたことで、山場のインパクトが逆にそがれてしまうことになってはいないだろうか?

「神谷」の肉体改造(?)は、いらないなあ。もし、どうしても書きたいのなら、もっと前に書いておくべきではなかったかな。

 

 

最新作の「劇場」は、ブックオフで100円で買うのがいいかも

 

又吉の「火花」は、鳴り物入りで文壇に登場してきた割には、私にはイマイチだった。

それというのも、肩に力の入ったガチガチの文体、又吉にしか分からないような独特の感覚表現、その文体と表現方法によって登場人物の魅力が半減してしまったことによる。

さらに、最大の山場の後に、余計なものを書き加えた、小説の構成のマズさ。

現時点での「火花」の発行部数は300万部と言われているが、その人気の多くは、お笑い芸人が芥川賞を受賞したという話題性から来ていると思う。

最新作である「劇場」は、もちろん、300万部などという発行部数には程遠い売り上げとなるだろう。

まあ、当たり前のことだ。

芥川賞受賞という賞味期限は、もうとっくに過ぎている。

 

又吉が、今後、池波正太郎や司馬遼太郎のような大作家の仲間入りをするのか?

あるいは、

辻仁成のような売れない芥川賞作家となっていくのか?

現時点では何とも言えないし、だれにも分からない。

それは、又吉自身の問題である。

まあ、私は、最新作の「劇場」の購入は見送るとしよう。

そのうち、ブックオフの棚に100円で並ぶことだろう。

そうなったら、買ってみようかなあ。

いや、「火花」から成長が見られないのであれば、100円でも買わないかもしれんなあ。