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ボールボーイへの暴力行為から考えるプロスポーツ選手の条件

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4月29日のジェフユナイテッド千葉VS徳島ヴォルティスの試合で、徳島の馬渡選手がボールボーイに暴力行為を働いたということで退場となった。

その後、Jリーグは馬渡選手に対して、2試合の出場停止処分を下した。

私はサッカーに詳しくはないから、ルールなどあまり詳しいことは分からないのだが。

ただ、この暴力行為の動画を見ていると、子供相手に、なに大人げないことをやっているんだ、と馬渡選手への非難を口にする材料として、この動画はまことに分かりやすい。

 

ネットでは、相手チームを有利にするために、ボールボーイがわざとボールを渡すのを遅らせたため、馬渡選手がキレた結果の行為だとして、同選手を擁護する意見もあるようだが。

しかし、動画を見る限りでは、少年の意図までは推測できず、むしろ、少年は馬渡選手に詰め寄られて怯えているように見える。

相手チームに有利になるようわざとボールを渡すのを遅くしたのかどうか、少年の心の中まで分からない以上、馬渡選手を擁護することはできない。ましてや、相手は一般人であり、しかも子供である。

プロサッカー選手として紳士的行為ではないということで退場させた審判の判断は正しかったのだろうし、Jリーグが馬渡選手に対して2試合の出場停止処分を下したことも、その処分の軽重に関する議論は別として、きわめて真っ当な判断だったと思われるのだ。

 

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 プロスポーツ選手に求められる条件

 

プロスポーツ選手になるためには、高い技術力が求められるのは当たり前だが、それとともに、求められるものがある。

品位。紳士的振る舞い。

そういった類のものだ。

技術的に素晴らしく、才能も申し分がないプロスポーツ選手であっても、いわゆるプロスポーツ選手としてふさわしくないと判断される行為をすれば、所属するチームや団体、さらにその上部団体の協会から何らかの注意や処分が申し渡される。

我々は、これまで何度もそういう現場を目にしてきた。

 

もっとも有名な例でいえば、横綱の朝青龍であろう。

朝青龍と言えば、当時は最強の力士であり、横綱としても近年ではトップクラスに数えられるほど強い横綱であったが、問題行動が多く、最終的には強制引退、まるで日本から追い払われるような最後だった。

おそらく、体力的には、まだまだ現役で相撲が取れただろうが、しかし、それは日本国民の感情が許さなかったのだろう。

相撲は日本の国技であり、しかも横綱というのは最高の位に位置し、神様のごとき振る舞いを要求される、もっとも品位のある行動をしなければいけない、そんなありえないほどの人格的な高潔さを求められる。

それを、朝青龍は、平気で問題行動を次々と起こしたのだから、彼の引退には、おそらく有形無形の圧力が様々にかかったのだろうと、容易に推測されるのだ。

朝青龍の場合、相撲という日本の国技で、しかも横綱という特殊な地位にいたということもあろうが、大なり小なり、すべてのプロスポーツ選手に求められるのは、卓越した技術だけではない。

品位なり、紳士的な振る舞いも要求されるのだ。

 

紳士的振る舞いを要求される理由

 

朝青龍のように強いだけではダメ。強さというものは品位を伴ってこそ評価されるものなのだ。

なぜ、プロスポーツ選手に、品位が求められ、紳士的振る舞いが要求されるのか?

それは、つまり、スポンサーとファンが存在するからに他ならない。

スポンサーは、資金や、選手が使用する道具を提供するわけだが、一方で、その選手たちへの資金提供の見返りとして、自らの名前を宣伝する権利を得ることができる。

それゆえ、選手が品位のない行為を行ったり、紳士的行為から程遠い行為を行えば、企業イメージに傷がつき、せっかくの宣伝活動が、かえって企業のイメージダウンにつながってしまう。

それだからこそ、スポンサーとしては、選手に対して、最高の技術を披露するとともに、品位のある行動、紳士的振る舞いを要求するのだ。

スポンサーがいなければ、すべてのプロスポーツは成り立たない。それは、日本の国技である相撲でも例外ではない。

 

また、プロスポーツ選手は、ファンの存在も忘れてはならない。最高のプレーや、強さというものは、やはり誰もが憧れるものである。

ことに、子供たちであれば、根が純粋であるだけに、プロスポーツ選手の素晴らしい技術や強さに憧れるのみならず、一つの倫理的な理想像を彼らに投影させてしまう。

プロスポーツ選手は、みんなのお手本になるべき立派な人である、と。

だから、プロ野球巨人軍の元選手だった清原和博が覚せい剤使用で逮捕・有罪判決を受けたことは、プロスポーツ選手としてあるまじき行為であるし、なによりも、子供たちの夢を壊してしまった罪もまた大きいと非難されたわけだ。

まあ、プロスポーツ選手にとっては、絶えず周囲の目を気にしながら、窮屈な生活をしなければいけないという大変さもあろうが、ファンが存在するということは、そういうことだ。

例えて言えば、フロックコートを着て立ち小便をするような行為は、慎まなければいけない。

 

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馬渡選手の行為が非難される理由

 

今回のボールボーイへの暴力行為に関して、馬渡選手としては、せっかくのチャンスに、もっと早くボールを渡してくれたら、ひょっとしたらゲームが自分のチームに有利に展開するんではないかということで、熱くなった結果の行為なのかもしれない。

サッカー選手にしてみたら、得点するか、チームの勝利に重要な貢献をするかで、年俸が上下する、いわば生活がかかっているわけだから、チャンスと見たらすぐにそれを生かしたい。だから、思わず、熱くなってしまうものなのだろう。

自分のプレー、チームの成績で年俸が決まり、生活がかかっている選手の行為を、果たして一方的に攻めることができるのか?

このような疑問も、当然、生じてくるだろう。

 

ただ、こういう疑問が湧いてきたときに思い出してほしいのは、

選手の年俸を出しているのは誰か?

選手がスポーツに専念できるお金はどこから出ているのか?

ということである。

選手の年俸も、選手がスポーツに専念できる環境を整えてくれるのも、すべては、資金を提供してくれるスポンサーがいて、また、チケットやグッズを購入してくれるファンがいるからだ。

だから、そのスポンサーの宣伝活動を邪魔したり、スポンサー企業のイメージダウンになるような行為をすると非難されるのは当たり前だ。

また、ファン、特に子供たちが自分たちの倫理的な理想像を投影しているプロスポーツ選手が、非倫理的な振る舞いを行って、非難されるのも当たり前なのだ。

 

スポンサーとファンの存在なくしてプロスポーツは存在しない

 

プロスポーツ選手は、物心両面にわたってスポンサーとファンに多くを依存している。

だから、スポンサーのイメージダウンになる行為を行ってはならないし、ファンの期待を裏切る行為もしてはならない。

周囲の目なんか気にしたくない、自分の好きなように、感情の赴くままに行動したいのであれば、プロになるよりもアマチュアでい続ける方が、ずっと楽だ。

しかし、アマチュアの場合、最高のプレーをしても喜んでくれるのは、せいぜい自分の周囲の人間だけだが、プロになると、多くのファンから賞賛と賛辞を贈られる。

そんなファンからの声援が忘れられない、と現役を引退したプロスポーツ選手が、引退後もずっと語り続けるほど、ファンの存在というものはプロスポーツ選手にとっては大きい。

選手にとってのファンは、まさに宝物そのものだ。

 

プロなのだから、しかもお金をもらって人に技術を見せているのだから、最高のショーを見せるのは当たり前だ。

しかし、プロスポーツ選手であるためには、それ以外にも、品位や紳士的振る舞いが求められる。

それこそが、プロスポーツ選手になるための、そしてプロスポーツ選手であり続けるための絶対条件ではあるまいか。