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「がん患者は働かなくていい」野次の真意と屋内全面禁煙の行方

自民党の大西議員が、22日、同党の厚生労働部会で、「がん患者は働かなくていい」という野次を飛ばし、大騒ぎになっている。

まあ、当然のことだろう。

「がん患者には、働く権利はないのか?」

と憤る人もいるだろうが。

しかし、そういう怒りに対して、大西議員は弁解している。

大西議員の弁解によれば、「がん患者は、受動喫煙被害に遭うような場所で働くのではなく、禁煙の職場で働いた方がよい」というのが、あの野次の真意であったということだ。

 

大西議員の野次の真意

 

状況を考えれば、大西議員の言うことで、一応、筋が通る。

つまり、治療中のがん患者が働いている職場が喫煙可能な職場であった場合、そんな職場で働くがん患者の苦しさを訴えていた三原じゅん子議員の発言に対して、途中で野次を放ったのが大西議員であり、その大西議員の野次が「がん患者は働かなくていい」ということであったのならば、それは、大西議員が弁解したように、がん患者は職場を選択すればいいのであって、あえて、受動喫煙被害をこうむるところで働かなくてもいいではないか、と言うのが大西議員の野次の真意だということだ。

ふ~ん、なるほど。

つまり、大西議員は、がん患者の職業選択の問題だと、言いたいわけだ。

肺がんや呼吸器疾患を患っているのに、わざわざそんな職場で働かなくてもいいではないか、ということのようである。

そういうことであるならば、それはそれで、一応、筋が通る。

 

がん患者の職場選択は可能か?

 

我々が職を探すときに、自分の置かれている立場や状況、もちろん持病などの病気も含めて、考慮に入れるのは当たり前である。

たとえば、

泳げないのに、ライフセーバーやプールの監視員に応募する人はいないだろうし、免許を持っていないのに、バスやトラックの運転手に応募する人はいないだろう。

私のような絵心がない人間は、漫画家のアシスタントなど、最初から眼中にない。

ということは、がん患者や呼吸器疾患を患っている人たちは、受動喫煙被害をこうむるような職場を最初から選択しなければいいのだ、という大西議員が言いたそうな理屈は、なるほどもっともだと、うなずけなくもない。

 

ただし、問題もある。

現在、日本では、喫煙者の割合は2割を切っている。しかし、それにもかかわらず、職場においては、平成27年6月1日から受動喫煙防止対策が事業者の努力義務として定められているが、それは依然として努力義務にとどめられている。つまり、罰則規定がないために、守らなくてもいい受動喫煙防止対策というわけだ。

守らなくてもいい受動喫煙防止対策であれば、誰が守るんだ? 私などは単純にそう思う。

努力目標にとどめているということは、事実上、職場内での喫煙を黙認しているのと同じことなのだ。

それゆえ、日本では、飲食店はおろか、職場においてすら、受動喫煙防止対策が十分機能しているとは言えない。

だから、大西議員の真意どおり、がん患者や呼吸器疾患を患っている人たちが、完全に受動喫煙防止対策が施されている職場を探すのは、現状、非常に困難である。

ましてや、飲食店では、いまだに受動喫煙防止対策を施している店の数は圧倒的に少ない。

 

大西議員はやっぱり批判されるべき

 

そんな現状で、「がん患者は、完全禁煙の職場を選択しろ」という野次は、意味をなさない。現在の日本では、選択の幅が極めて狭いからだ。

泳げないのであれば、ライフセーバーやプールの監視員などに応募しなければよい。泳げなくてもできる仕事は、他にいくらでもある。

免許がないのであれば、バスやトラックの運転手を目指さなければいいのだ。免許がなくても勤まる仕事は、他にいくらでもある。

しかし、受動喫煙防止対策が徹底していない日本で、「がん患者は、禁煙の職場で働け」と言った場合、選択肢が極端に狭まり、がん患者や呼吸器疾患を抱えている人たちを職場から締め出し、彼らの能力を十分に生かすことができなくなってしまう。

そういう意味では、やはり大西議員の野次は、十分批判に値すると思う。

 

大西議員の本音

 

ただ、大西議員の野次には、本人がまだ語っていない本音があるのではないだろうか、と私は思うのだ。

というのも、テレビが国会内の喫煙室でタバコを吸っている大西議員の姿を映していたが、大西議員は、れっきとした「自民党たばこ議員連盟」のメンバーであり、厚生労働省がおし進めている屋内全面禁煙に反対している張本人なのだ。

つまり、こういうことだ。

三原じゅん子議員が、受動喫煙防止対策の必要性を訴えるために、がん患者の例を持ち出したために、大西議員は、その言葉に反射しただけなのではなかろうか。

大西議員には、そもそもがん患者を差別するとか、そういった意図は全くなく、いわば、売り言葉に買い言葉で、とっさに出た野次だったのだと思う。

そして、大西議員の本音は、「がん患者の例を持ち出してまで屋内全面禁煙をして、オレたち喫煙者を飲食店から締め出すな」と、そういうことだったのではないだろうか。

つまり、大西議員が「がん患者憎し」で、とっさに口にした野次ではなく、飲食店から締め出される自分たち喫煙者の不満や憤りが、反射的に、「がん患者は働かなくていい」という野次に込められているような気がしてならないのだ。

 

野次の難しさ

 

野次は難しい。野次に限らず、短文や一言で人を感服させたり、うならせたりすることは、非常に難しい。

そういった一言が、周囲に感銘を与える一言となるためには、多くの条件をクリアしなければいけない。

つまり、自分の考えや思いを、たった一言で言い表す特別な才能。場の空気を感じて、それを一言に込める特別な才能。間の取り方や、絶好のタイミングを狙って発する特別な才能。よく通る大きな声。活舌良くはっきりとしゃべる日ごろからの鍛錬(←途中で噛んだら終わりだからね)。この人の一言は重要だから聞き逃してはいけないという周囲からの信頼。それと、度胸だ。

今回の大西議員の野次は、これらの条件を全く備えていない、非常に粗雑で、程度の低い野次だったと言わねばなるまい。

そもそも、周囲の人に誤解を与えたがために、後で本人が弁解しなければいけない野次なんて、お粗末なもんだ。舌足らずだったからと言って、後でくどくどと弁解しなければいけない野次ほど、バカバカしいものはない。

それならば、最初から黙っていた方がよい。沈黙は金という言葉もある。

すぐれた野次は、その一言で、周囲の人をして感嘆せしむるものだ。

才能も度胸も周囲からの信頼もないのに、人がしゃべっている最中にチャチャを入れるからいけないんだ。

こういう時は、長老議員などが、「黙っていろ」と大西議員のような野次将軍を大喝しなければいけないんだろうな。

 

喫煙者の言い訳

 

人は、立場でものを言う生き物だ喫煙者が肩身の狭い思いをしなくてはいけない現在、喫煙者である大西議員も、心に鬱屈するものを抱えていたに違いない。

喫煙者にしてみれば、「なんで、普通に売られている嗜好品をたしなんで、世間から非難されなければいけないんだ?」という思いもきっとあるに違いない。

しかし、嗜好の問題だから、他人は口をはさむな、というのは、タバコに関しては、当てはまらない。

酒もスイーツも嗜好品で、どれだけたしなんでも、誰も文句は言わない。なぜなら、これらをたしなむことで、周囲の人に迷惑をかけることはないからだ。

しかし、タバコは違う。受動喫煙により周囲の人たちの健康に悪影響を及ぼすことは、医学的に証明されている。

周囲の人たちに迷惑をかける、周囲の人たちの健康に悪影響を及ぼす嗜好が、規制されるのは当たり前だ。喫煙が非難されるのは当たり前なのだ。

 

タバコメーカーの責任も重い

 

ただ、私は、喫煙者を一方的に断罪しない。タバコメーカーにも責任があると思っている。

いや、むしろ、タバコメーカーの責任の方が重いのかもしれない。

受動喫煙の問題が指摘され始めて、すでに何十年も経った。しかし、それでも、タバコメーカーは、ほとんどなんの対策もしてこなかった。

最近やっと、IQOS(アイコス)などの電子たばこが登場したくらいで、タバコメーカーが、受動喫煙防止対策に本腰を入れて取り組んできたとは言い難い。

タバコメーカーが真剣に受動喫煙防止対策を施さず、相変わらず従来型のタバコ製品を何十年にもわたって販売し続けてきた一方で、タバコメーカーの最大顧客である喫煙者は、世間からずっと非難され続けてきた。

大事な顧客が世間から非難され続けてきたにも関わらず、それを見て見ぬふりをしてきたタバコメーカーは、なんとも冷たい会社ではないか。

自らが売り出した製品で、大事な顧客である喫煙者が世間から非難されているのであれば、製品を改良するなりして、喫煙者が世間から非難されないような措置を素早く講ずるのが、タバコメーカーの責務であり、責任ではないのだろうか?

 

屋内全面禁煙と大西議員の行方

 

大西議員の野次で、屋内全面禁煙の行方が、さらに世間の注目を浴びるようになった。早くも小池都知事は、屋内全面禁煙に反対しているとして自民党を攻撃し、7月の都議会議員選挙を有利に進めようとしている。

屋内全面禁煙の行方は、もちろん気になるところだが、大西議員の国会内での行方も気になる。

大西議員の選挙区は東京都江戸川区だと言うが、近い将来に控えている衆議院議員選挙において、江戸川区民は大西議員に対して、

「大西議員は、もう国会で働かなくていい」

という判断を下すのかどうか、注目したい。ぜひ。