キバスタ

言いたいことを言い、わがままに生きてきたキバショーのスタイルとは?

MENU

バイキングでの宮迫の不倫謝罪が中途半端に終わった理由

 

8月11日金曜日の「バイキング」は見ものだった。

なぜならば、出演者である「雨上がり決死隊」宮迫の不倫疑惑報道が週刊誌にすっぱ抜かれた後で初めて、宮迫が番組に出演したからだ。

しかも、週刊誌が発売された日の「バイキング」では、坂上忍が「金曜日に宮迫が出演してなにを語るのか?」などと、前もって今回の宮迫の不倫について深く掘り下げるつもりであることを事前に匂わせていた。

宮迫は、金曜日に、公開リンチにあうのか?

坂上が、共演者の宮迫にどこまで迫れるか?

宮迫は、不倫の事実を認めるのか?

 

いやがうえにも期待が大きかった。

しかし、実際、宮迫の釈明と謝罪を見ていて、「中途半端だなあ」と私は思った。

宮迫は、「今回の不倫は一線を越えていない」とはっきり言明している。「一線を越えていなかった」と宮迫が答えたことが、「中途半端だ」と言っているのではない。

私が「中途半端だ」と言うのは、宮迫が神妙に謝罪し続けたわけでもなく、途中で芸人らしく笑いを入れたり、宮迫がかつてガンで闘病中に夫人に支えられたことを涙ぐんだりして、宮迫の謝罪態度が一貫していなかったことだ。

神妙にするのであれば、最初から最後まで神妙に謝罪をしていればいいのだ。

お笑い芸人として笑いを取りたいのであれば、最初から最後まで、芸人らしく今回の不倫を笑いに変えるくらいのスタンスで臨めばよかったんだ。

 

時には神妙に、時にはお笑いを取りながら、時には涙ぐみ。

終始一貫しない不倫釈明に、私などは、「中途半端だなあ」と思わざるをえなかった。

 

宮迫が「お笑いの師」とも仰ぐダウンタウンの松本人志などは、常々、お笑い芸人の不倫会見については、「釈明会見も含めてすべてをエンターテインメントにすべきである」という持論を展開している。

だから、松本は、桂文枝が不倫の謝罪会見を行ったときに、まったく笑いがなく、お通夜みたいな会見に終始したことを、ただただ残念がっていた。

「お笑い芸人であれば、不倫謝罪会見でも、お笑いを取れよ」と松本は、文枝の謝罪会見で突っ込んでいた。

一方、三遊亭圓楽が不倫謝罪会見で見事に笑いを取っていた時には、松本は、「さすがだ」と称賛すらしていた。

 

松本を「お笑いの師」と慕う宮迫が、この松本の発言を聞いていないわけがない。

だからこそ、今回の宮迫の不倫謝罪では、一応、笑いを取ろうとしていた。

取ろうとしていたが、結局は、あまり笑いが起こらず失敗していた。

もう少し気合を入れて、最初から最後まで笑わせるというスタンスで臨んでいれば、あの不倫謝罪も違ったものとなっていたのだろうが。

神妙にしつつ、笑いも取りながら、涙ぐみながら。

結局、あのような中途半端な謝罪に終始してしまったのだと思う。

 

ただ、宮迫の場合、あのような中途半端な謝罪でも仕方がなかったのか、とも思われる事情がないわけではない。

それは、宮迫夫人の存在である。

かねてから、宮迫は恐妻家であることが知られていた。恐妻家であることを、番組でネタにもしていた。

その恐妻の目を盗んで浮気をしているなどと、お笑い関係者に番組でイジられていたこともあった。

だから、その恐妻の手前、あのような神妙な謝罪にならざるを得なかったのだろう。

 

さらに、宮迫は、数年前にガンになって手術をしたこともある。

この時は、宮迫夫人の看病もあり、その後無事芸能界に復帰できている。献身的な看病をした夫人を裏切ることになってしまったのだから、謝罪の途中で涙ぐむのも仕方がない。

宮迫にとっては、ガンは重大な人生の岐路であったに違いない。それを乗り越えられたのも、ひとえに家族の支えがあったればこそ、である。

ガンで闘病中だった宮迫にとっては、夫人の存在はかけがえのないモノであったのだろう。

そんなことを思い出すと、今回の不倫による夫人への裏切りは、やはり、笑いに変えるのは無理があったか。

宮迫がお笑い芸人として笑いを取りに行った行為は認めるし、成功しなかったけれども、その勇気は認めるが。

やはり、結果的に中途半端になってしまったのは仕方がないのだろう。

 

「芸人の嫁」という言葉があった。

「あった」というのは、今では、すでに風化してしまって、存在しないことをいう。

「遊びは芸の肥やし」という言葉があった。

この言葉も、今では、存在しないのだろう。

芸人の嫁たるもの、夫が外で遊んでいても、常に笑顔で夫を支えなければいけない。なぜならば、遊びそのものが、夫の芸の肥やしになるのだから。

かつては、芸人の嫁にはそのような心得(?)があったものだし、芸人と結婚する以上、夫の遊びは覚悟の上ではないのか?

かように考えられていたものだ。

 

しかし、今では、社会がそんなことを許さないのだろうし、芸人の嫁でも、そんな覚悟で結婚する人はいないのだろうと思う。

また、女性の側から「なぜ、女性ばかりが犠牲を払わなければいけないのか?」という疑問が生じるのは十分理解できる。

 

特に、ここ数年、芸能人の不倫に関しては、世間からの風当たりが非常に強い。

矢口真里は、あの不倫騒動からまったく復帰できていないし、ベッキーもいまだに復帰していない。

一般人が不倫してもクビにはならないが、芸能人が不倫をすれば、職を失うこともある。

しかも、ベッキーの場合、CMが打ち切りになることで膨大な違約金を請求されたとかで、芸能人にとって、不倫は命とりにもなりうる。

 

しかも、矢口真里やベッキーがいまだに完全復帰していないことを見ても分かる通り、一度失ったポジションに復帰するのは、ほぼ絶望的だ。

人間なんだから、誰でも過ちはある。

過ちを悔い、心を入れ替えて再出発するのであれば、更正のチャンスを与えてあげるべきなんだろうが。

芸能人の場合、問題は、そんなに単純ではない。

矢口真里やベッキーが完全に復帰できない裏には、矢口やベッキー程度の代わりになる芸能人は、掃いて捨てるほどいるからだ。

つまり、代わりはいくらでもいる、ということなのだ。矢口もベッキーも、余人をもって代えがたい人物ではなかったということだ。

それが、矢口やベッキーが完全に復帰できないということの本当の理由なのだろうと思う。

 

宮迫の今回の不倫では、お笑い芸人ということもあり、俳優やバラエティタレントのように世間からの目も厳しくないようだ。

しかも、すでに「宮迫は浮気をしている」という共通認識が、視聴者も含めて一般的に共有されていたのではないだろうか?

浮気ネタで、宮迫は、これまでにも散々番組でイジられてきたのだから。

今さら、宮迫の不倫が明らかとなっても誰も驚きはしない。

ただ、私としては、三遊亭圓楽のような名人芸は望めないとしても、やはり、今回の不倫謝罪では、宮迫にお笑い芸人の意地を見せて終始一貫お笑いを取るという態度に徹してほしかった。

それが、やはり、お笑い芸人としての姿勢であり、生き方であり、不謹慎だという意見を十分承知しながらも芸人として挑戦してほしかったなあ。

まあ、宮迫の場合、ガン闘病という他の人にはない彼独特の体験があったため、夫人には頭が上がらない、という事情があったことは仕方がない。

 

しかし、芸人たるもの、親族の死に目には会えない覚悟すら持っているわけだから、自分のプライベート事情はあるにせよ、やはり不倫ですら笑いに変えるという努力はすべきなんじゃなかろうか?

宮迫は、確かに芸人らしくお笑いを取りに行っていたが、失敗している。ガン闘病中の夫人の看病という彼のプライベート事情を考えれば、今回の不倫をお笑いにするという難しさも十分理解できるのだが・・・。